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2011/08/10

震災から5ヶ月、被災地の今-南三陸町・気仙沼市

 

明日8月11日、東日本大震災の発生から5ヶ月目を迎えます。

Civic Forceが支援を続けている、宮城県南三陸町では、追悼集会「南三陸の海に思いを届けよう」が催されます。これは、毎月11日に、震災で犠牲になられた方々を追悼するもので、町の皆さんが避難している町外の3会場にも中継されるほか、インターネットによる中継も行われる計画です(http://www.envisi.org/minamisanriku/:外部リンク)。

南三陸町では、現在(8月8日時点)も、町内15ヶ所の避難所に1,783人、町外の35ヶ所に435人の皆さんが身を寄せています。山がちで応急仮設住宅の用地確保が難しかった南三陸町ですが、近隣行政区内の土地を活用しながら、ようやく目標の2,000戸の入居にめどが立ちました。町からの発表によると、お盆前後には、残りすべての仮設住宅の整備が完了し、引渡しができるようになります。それに伴い、3月11日から利用され続けてきた集団避難所は、8月末をもってようやく閉鎖されます。北隣の気仙沼市では、市内32施設に1,165人の方が避難生活を送っています。そのうち945人は、一次避難所でいまも集団避難生活を送っておられます。このほかの市町村でも、仮設住宅の整備が進むなか、今月中をめどに順次避難所が閉鎖されていく見通しです。

ご遺体の捜索と搬入はいまも続いています。南三陸町でも数日にお一人程度、ご遺体の安置所に搬入され、いまも身元確認ができないご遺体は、搬入された551体のうちおよそ100体あり、行政でも対応を急いでいます。気仙沼市では、これまでに1,000人をこえる方の死亡が確認されたほか、410人の方が行方不明(警察署届出人数)です。警察と海上保安署では、いまなお毎日捜索予定地域を決めて公表し、捜索活動を続けています。

がれきの撤去も、少しずつ進んできています。気仙沼市では、5月16日から私有地でのがれきの撤去が始まっており、地区ごとに順次着手しています。80ほどの建設・土木業者が加盟する気仙沼市災害廃棄物処理協議会が、がれき処理の業者を決定し、できる限り効率よく作業にあたっています。環境省が発表したがれき撤去の進捗度は、宮城県内平均が41%に対して、気仙沼市は55%です。被災自動車は、がれき撤去の際に併せて所有者に代わって撤去し、一次保管しています。がれきの撤去が終了した地区では、次に倒壊家屋の解体が7月15日から始まっています。市内には7ヶ所のがれき仮置き場を設置して、被災した自宅や事業所からのがれきを受け入れています。南三陸町のがれきの撤去も進むなか、二次仮置き場として、気仙沼市の負担を軽減するためにも、申し出のあった青森県三戸町に搬出することが決まりました。置き場の確保と処分方法については、依然として行政が取り組む大きな課題になっています。

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被災地でも、まもなくお盆を迎えます。この地域では、木やわらで作った45cmから90cmの舟「盆舟」に、精霊棚に飾った物やお盆のお供えを載せ、灯りをともして川や海に流す風習があります。しかし、今年は、気仙沼市内では、市内各所に「盆舟」の安置所を設置し、川や海に流すかわりに火のついた線香とは別に「盆舟」を納めることになりました。

気仙沼市では、災害ボランティアセンターが衣替えをしました。「気仙沼市災害ボランティアセンター」は、8月1日から「気仙沼市社会福祉協議会ボランティアセンター」と名称を変更し活動しています。従来のボランティアセンターの姿に戻りながらも、仮設住宅などの見守り支援や生活上の困りごと相談などを中心とした生活支援に移行していく計画です。

最後に復興計画については、南三陸町では9月まで復興計画を取りまとめるべく、地域懇談会や有識者等による震災復興計画策定会議を重ねています。南三陸町でも、職住分離を基本とした「高台移転」を念頭において、検討を重ねています。気仙沼市でも災害復興市民会議と有識者による災害復興会議が会合を重ね、やはり9月の復興計画の取りまとめに向けて調整をしています。

Civic Forceは、このような被災地における変化に応じた適切な支援方法を模索し続けています。緊急支援フェーズから復旧・復興フェーズに移行し、各地域でも主体的な復興のあり方に関与し、支援していきます。